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CBSソニー時代の矢沢永吉

1 :昔の名無しで出ています:2007/12/20(木) 00:22:08 ID:NsQDP/YX
1975年、アイラブユーOKから1979年、キスミープリーズ
までの20代の永ちゃんを語ろう。

2 :昔の名無しで出ています:2007/12/20(木) 01:49:03 ID:KPopaD4u
キャロル解散後の矢沢永吉は「アイラブユーOK」「ザ スターインヒビヤ」
「A DAY」「スーパーライブ日本武道館」「ドアを開けろ」「ゴールドラッシュ」
「ライブ後楽園スタジアム」「キスミープリーズ」
と5枚のアルバムと3枚のライブアルバムをCBSソニーに残し、
80年にアメリカ進出を賭けてワーナーパイオニアへ移籍します。
ヤンキーのヒーローから名実ともに日本のスーパースターへと成りあがった
70年代の矢沢永吉について思い出すスレです。
77年、日本人アーティストとして初の日本武道館単独公演。
78年、日本人アーティストとして初の単独スタジアムライブを成功させ
自叙伝「成りあがり」は不良少年のバイブルになりました。
この頃には歌手部門での長者番付トップにもなりました。
そのすべてが20代での成功だというところが時代を考えても凄いことだと思います。

3 :昔の名無しで出ています:2007/12/20(木) 06:59:18 ID:ImSROrpk
とりあえずチャイナタウンやADAYのような神曲を今作るのは不可能って結論で

4 :昔の名無しで出ています:2007/12/20(木) 23:07:57 ID:KPopaD4u
80年代初頭の矢沢永吉についても少し。
80年にワーナーへ移籍した矢沢永吉。個人的にはこの頃が多分、絶頂期だったと思う。
ドキュメンタリー映画「RUN&RUN」を制作。コカコーラの為に作ったCMソングをヒットさせた後、
アルバム「KAVACH」ライブアルバム「ザ ロック」を発表後、
渡米してジョン マクフィーらドゥービーブラザースのメンバーをバックに
全曲英詞の世界進出アルバム「yazawa」を発表します。
この頃から日本人的な歌謡ロックと叙情的な大作バラードという曲調をやめ、
リーゼントをやめ、前髪を下ろしウェストコースト風の爽やかな曲調に変化してきます。
「ラハイナ」や「ROCKIN MY HEART」などはその象徴といえるでしょう。
この後、88年に東芝EMIへ移籍するまではこのウェストコースト風の路線が続きます。

5 :昔の名無しで出ています:2007/12/21(金) 09:19:45 ID:clcT7Rj7
A DAY作詞者の西岡恭蔵が自殺する直前、毎日放送の河内家菊水丸のラジオに出て
生で自らA DAYを歌った時には聴きいったなあ。録音しておきたかった。

6 :昔の名無しで出ています:2007/12/23(日) 20:32:35 ID:7eg1WzIx
今、CMやってるよね

7 :昔の名無しで出ています:2007/12/29(土) 22:24:33 ID:sF6snx5x
コカ・コーク

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